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前に書いた物の続き、らしいぜ?
我ながら何つースローペースだ
「あ、アンタ無事だったのかい?鬼は…?」
男と少年を迎えた町人たちの表情は、まるで幽霊でも見るような物だった。
「鬼は逃げていきましたよ。この子は鬼に捕まっていたようでしてねぇ…」
それだけ答えると、男は少年を引き連れ自分の家へと帰っていった。
「さ、食いなさい」
男が家に戻り、少年に初めてした事は食事を与える事だった。
茶碗一杯の白米、豆腐とワカメの味噌汁、焼魚と簡素な物だ。
少年はじっとそれを見つめた後で、男を見上げて口を漸く開いた。
「オレ…かね、ない」
「ん?金など要りやせんよ、食いなさい」
男は、少年の口にした言葉に不思議そうに告げ勧めるが少年は未だ料理を口にしようとせず、更にたどたどしい言葉で続けた。
「めしくう、かねいる。かねない、めしくう、おとななぐる、なぐるいたい」
男は一度目を丸くしたが、すぐに笑ってそっと頭に手を伸ばす。
少年は、幼い頃から体に刻み込まれた痛みを伴う恐怖にビクリと身体をすくませたが…予想していた痛みは来なかった。
「大丈夫、だから食いなさい。君が悪い事もしてないのに、殴ったりしないよ」
少年は不思議そうに、しかし…頭に感じる優しい温もりは心地いいのか、大人しくそのままにして、漸く食事を口にした。
「…うまい」
「そうかい…」
少年にとって、それは初めて食べるまともな人間らしい食事だった。
それから、少年と男の不思議な生活が始まった。
「これ、大人しくしなさい」
「…!?あ、あつい!みずあつい!」
まず、男はかなり汚れた体を洗うために風呂に入れた。
少年はお湯を浴びる事など初めての経験で、混乱のあまり大暴れ。
「ぶっ…」
「…あ」
風呂の中で体をばたつかせた拍子に、男が思い切り頭から湯を被る形になった。
しまった、と少年は紫電の色をした瞳に怯えの色を交えたが…。
「…はははは!全く、元気のいい子だ。ほら、大人しくしないと洗えないでしょうが」
男は怒ることも罵声を浴びせる事も殴りつける事もしなかった。
変わりに、頭からお湯をかけてわしわしとざんばらになった髪を洗ってくれた。
「…あらう?」
「そう、ちゃんと綺麗にしないと心地悪いでしょう」
男は頭からびしょ濡れのまま、朗らかに笑って髪の毛を洗う。
「……きもちいい」
「そうでしょう」
最初はお湯に戸惑っていた少年も、暖かさが心地よく漸く大人しくる。
小汚かった少年も、風呂で現れざんばらだった髪に櫛を通されて着物を買ってもらい随分小奇麗になった。
「おやおや、こうして綺麗にすると女子のようだねぇ」
「…オレ、おとこ」
顔立ちやら髪の艶を見ながら呟く男に、少年は生真面目に答える。
冗談、という物がわからないから。
これは色々と教える事が多そうだ…と男は前途多難ではあるが、それでも楽しそうだった。
男は少年に特に剣術を集中して教えた。
元からあちこち過酷な状況で生きてきたからか、栄養を充分に取れば戦うための体は自然に出来上がる。
さらに、男は少年に勉学と言葉も教えた。
「…おまえ、なんで、オレ、たすける?」
「おまえじゃない、師匠と呼びなさい」
「いたっ」
礼を失した事をすると、叩かれた。
少年にとって痛いがそれは怖くなかった。
父親や、人飼いたちの暴力と違ったそれは少年にとって不思議なもので…。
それでも、その痛みに伴う愛情を…何となく感じ取っていたのかもしれない。
「ししょー…」
「なんだい、アイク」
「オレ、大人嫌い」
「そうかい…」
少年の言葉に、男は柔らかい表情のままに呟く。ほんの少しだけ寂しそうに。
「けど、ししょーは。すき」
じ、と少年は紫電の瞳を男に向けた。
何の穢れも無い、真っ直ぐな光を帯びた瞳。
「…そうかい」
二度目の言葉は同じではあったが、そこに込められた気持ちは先ほどとは真逆の物。
「いいかい、アイク。剣は武器…人を傷つける武器だ」
「…うん」
「剣は凶器、剣術は殺人術。これはどんな綺麗事や理想を掲げても変わらない事実…だがね、それでも我々剣士は、武器を握ればそれをも覚悟で自分の決めた一本の筋を通し続けなければならない」
「…すじ?」
「そう、アイクの道筋…それはこれから、自分で生きていく途中で見つけなくちゃならない」
「…みちすじ」
「だから、それを見つけるための剣の技と。私の心を、教えよう。そこから先は自分で見つけなさい」
「わかった」
少年にとって、男の話しは難しかった。
だが、それでも何となく言わんとしている事はわかったのだろう。
何も文句一つ言わずに少年は学び続けた。
「ほれ、もう終わりかね」
「まだ、まだ…!」
剣の伝承は厳しい修行だった、男は殆ど加減無しで少年に技を叩き込んで体で覚えさせる。
痛い、キツイ、苦しい。
だが、それでも少年は嫌だと思った事も怖いと思った事もなかった。
剣を覚えるのは楽しかったし、できるようになるに連れて男に認めて貰える事が何より嬉しかった。
「はは、中々様になって来たね。アイクは飲み込みが早い」
「ほんと…?オレ、ししょーみたいにつよくなれる?」
「ああ、なれるとも…真面目に鍛錬を積めばね」
表情も変えず、能面のような顔をしていた少年も…
いつしか男に笑い返すようになっていた。